梅雨明けましたね。
とても暑い日がつづきますが、
いかがおすごしでしょうか。
とても久しぶりに更新します。
ははははは・・・(いかんいかん)
▼『ミツバチの羽音と地球の回転』のこと。
7月16日、
映画『ミツバチの羽音と地球の回転』上映会がありました。

(画像悪くてごめんなさい。。)
監督は、富山出身の鎌中ひとみ監督。
実は以前、大学にいた頃、
富山の氷見市で行われるアートイベントhimmingにて、
鎌中監督のことは存じていたのですが、
まさか長崎でもお会い出来るとは思っておらず、
これもまた何かの縁なのかなあ、なんて思いつつ。。(余談)
映画の舞台は、山口県の祝島という小さな島。
その祝島の向かいに、「上関原発」の設立計画が進んでおり、
島民の人々は26年間、その設立への反対運動をしてきました。
しかし、中国電力や国の力により、
原発建設は着々と進もうとしており、今なお、島の人々の戦いが続いています。
電力会社や国の言い分は、
『原発を建てればCO2の削減になる。新しい雇用も生まれる。』です。
しかしながら、原発建設には豊かな自然の残される瀬戸内海を埋め立て、
また原子炉の稼働の際、1秒に数十トンもの温められた海水が排出されます。
絶滅危惧種の生き物たちが多数存在するホットスポットとされる海の生態系が壊され、
また漁業やひじきで生計をたてる、祝島のひとびとの暮らしも壊されます。
祝島のひとびとにとって、
今ある『くらし』、そしてその『くらし』を育む豊かな自然が大切であることは、
言うまでもありません。
しかし原発建設を進める人々の言い分は、
祝島の人々の『くらし』を思えばこそ、雇用が必要、だとか、
豊かな自然を守るためにはCO2の排出を抑えなければ、だとか。。。
原発建設によって、奪われる『くらし』と『自然』があるというのに、
『くらし』と『自然』を守るためとうたって、建設が進められようとしている。。
まさに、『本質を欠いた』事象だと、私は感じました。
そして世の中には往々にして、このようなことが溢れかえってしまっています。
そして、そもそも『CO2削減』の為に、
原発が必要なのか、そこにも、この映画は言及しています。
祝島と併せて映し出されるのは、スウェーデン。
スウェーデンは国民投票で『脱原発』を決め、
2020年までに石油にも依存しない社会になると、提言しています。
風力や太陽光、波力といった自然エネルギーやバイオマスを積極的に取り入れたり、
地域暖房(町の中心で、廃材のペレットを用いて湧かしたお湯を、各家々に供給する)
といった取り組みもされています。
社会全体が『持続可能』な方向へと、シフトしているのです。
スウェーデンの人々は言います。
『日本は、スウェーデンに比べると、
贅沢すぎる程の自然エネルギーに恵まれている。
(波、風、温泉(地熱)、太陽光・・・)
それなのに、年間20兆円を石油につぎ込んでいる。理解できないよ。』
スウェーデンでは、電力の自由化がなされており、
消費者ひとりひとりが電力会社を選ぶ事が出来ます。
自然エネルギーを選択する人々が増えれば、
電力会社自体も自ずと、自然エネルギーへとシフトせざるを得ないのです。
・・・
長くなってしまいました。
エネルギーの問題について、
ここで多くを語りすぎるのは危険なので、このへんにしておきます。
私もまだ、この問題を知り始めたばかりですし、
たくさんの人間の利害、様々な事情の絡み合う問題です。
・・・
ただ、祝島の人々が、
海の上で、埋め立て工事を開始しようとする中国電力の人々に向かって、
切々と叫ぶ姿が、忘れられません。
祝島の人々には、確固たる『守りたいくらし』があり、
それを30年近くに渡り揺るがすことなく、
島民同士で主張しつづけてきたのだと思うと、
何か力になれたら・・・と思うと同時に、
ものすごくエネルギーと勇気をもらえる気がするのです。
『NO』をつきつけることができるのは、
『NO』と言えるだけの確かなこころ、芯があるからだと私は思います。
その芯の部分、私たちにとって何が『必要』で、何が『大切』なのか。
何が『しあわせ』で、何が『豊かさ』なのか。
その揺るがない芯を、私たちは暮らしの中でどれだけ持てているでしょうか。
その芯のなさ故に、いろいろなことを黙認し、見逃し、あきらめている気がします。
『なぜだろう?』と疑問を持っても、
それを数秒後には日常の中で忘れていってしまう。
でもその疑問を丁寧に拾って、見つめてこそ、見えるものがあるのではないでしょうか。
・・・
長くなってしまった・・・(いつもどおり・・・)
少し短く伝えることも、練習しなくてはいかんかな・・・笑
最後に勇気のでることば!
『一万人に5人、パッショネートなひとがいれば、何とかなる!』らしいです!
おやすみなさい!